短編 #2『音のない絵』
ある美術館の一室に 一点の絵が展示されている。
と言っても 白いキャンバスのままで絵は描かれていない。
それは不思議なキャンバスで その前で楽器を奏でると絵が現れてくるのだ。
立ち替わり楽器を持った演奏者が訪れて そのキャンバスの前で演奏する。
観客は音楽を聴きながら 徐々に浮き上がってくる絵を鑑賞するのだ。
同じ曲を演奏しても楽器の種類で絵のタッチは変る。また スラ―やスタッカートなど アーティキュレーションの度合いで色に濃淡がつき クラッシック ジャズ バラード ロックなど曲調の違いは フレスコ画や油絵 水彩画 アクリル画などと 絵のジャンルもさまざまだ。まるで音と絵が一体化しているような 絵は音そのものであるかのようだった。
ある日 その日の演奏が終わり 絵は消えて白いキャンバスに戻り 人気がなくなると ひとりの女の子がキャンバスの前に歩み寄っていった。そして 録音されたピアノの曲を流し始めた。
でも キャンバスに絵は現れなかった。
警備員がやってきて 女の子に尋ねると その曲はお母さんが弾いたものだという。録音状態が悪かったからか 残念ながら いつまで経ってもキャンバスは白いままだった。
外からは閉館を知らせる鐘が鳴り始めた。
女の子はもう一度キャンバスに向かって 今度は小さな声で歌い出した。
お母さんと一緒に歌った歌。
すると ゆっくり ゆっくり 絵が浮き出てきた。
お母さんみたいな優しい光に包まれた 揺り椅子の絵。
女の子が歌い終わり 鐘の音も鳴り終わり 美術館は静寂に包まれた。
それでも 絵は消えることはなかった。
おしまい